広島・ホスピスケアをすすめる会 - 「霊的な痛みとハープによる祈りとしての音楽」(2006.10)
     
 
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霊的な痛みとハープによる祈りとしての音楽

里村 生英

病床にある方のベッドサイドで、療法的効果が期待される生の音楽を提供する運動について、前回少しふれました。現在、このような運動を展開する組織がアメリカにはいくつかあり、教育・研修プログラムも行っています。その中でも、the Chalice of Repose Project(以下CORPと略)は、先駆的役割を果たしており、30年以上(C.ソンダースによるホスピス運動が始まって5年後から)活動を続けています。このプロジェクトは、終末期・臨死期の患者さんとその家族を対象とし、身体的痛みのケアと“魂の癒し”の両方を確固たる目標として、ベッドサイドで生きた祈りとしてのハープ音楽と歌とを提供しているところに特徴があります。祈りとしてのハープ音楽と歌を提供する、といっても、CORPは特定の宗教と結びついた団体ではありませんし、ハープ演奏家のグループでもありません。 現在の日本のホスピス・緩和ケアにおいて、 スピリチュアルペインのケアは、重要かつ危急な課題ですが、魂あるいはスピリチュアルといった人間の深奥なレヴェルでの、しかも、死へと移行しなければならない時期の苦悩や苦痛に、ベッドサイドでの生のハープ音楽と歌は、どのような意味で助けとなるのでしょうか。

 アメリカのホスピス・緩和ケアでスピリチュアルケアに長年従事しているカウンセラー、R.グローヴズは、スピリチュアルペインがあるときには、その痛みの基盤をまず把握する必要があると言います。その痛みが、怒りや罪悪感からくるものなのか、関係性の飢弱・破綻に起因しているのか、意味や存在価値の喪失に由来しているのか、あるいは、希望の喪失からなのかなどです。この把握は、対応やケアの方向性を選択・決定するのに必要であるからだけではなく、スピリチュアルな事柄を取り扱う人がよく使う表現の仕方ですが、どんな種類の痛みであれ、「痛みは、聴いてもらい、認めてもらいたがっている」からです。痛みから遠ざかったり、痛みを消し去ってしまおうと闘いを挑むのではなく、むしろ、痛みに接近し、まさに“魂の発信する叫び(メッセージ)”に周波数を合わせ、聴き受け止めようとする姿勢・あり方、非常に忍耐のいることですが、ここに、スピリチュアルペインのケアのポイントが凝縮されているように思います。

 CORPによるベッドサイドでの祈りとしてのハープ音楽と歌の提供も、この点をねらっていると思われます。ハープ(竪琴)という楽器は、地球上で一番古くから存在している楽器であり、元来祈りに使われた楽器でした。ベッドサイドで奏でられる音楽は、中世ヨーロッパでつくられた祈りの歌の旋律そして古代ヘブライ人の祈りの歌:詩編が基調となっています。ここで注意したいのは、CORPが主唱する“生きた祈りとしての音楽”とは、単にレパートリーを指すのではなく、その音楽の創り手そして奏で手の“祈りの心境−嘆き、罪の赦し・憐れみの願い、人知を超えた偉大で神秘なる存在への賛美と感謝”を表現している音楽という点です。このような音楽・歌は、聴く人にとっては外的刺激ではなく、むしろ外的喧騒から解き放ち、内的静寂へと誘います。なぜなら、患者さんの状態を常に見ながら奏でられる、生きた祈りとしての生の音楽や歌の表現内容が、患者さんのあらゆる感情に呼びかけ、そのときに最も周波数のあった心境・痛みに、寄り添うからです。つまり、祈りとしての音楽という安心で安全なシェルターは、自分だけにしか発信されないスピリチュアルな痛みと、ただただ一緒にありのままに過ごすことを可能にさせてくれるのです。この点が、ベッドサイドでの、祈りとしてのハープ音楽の、スピリチュアルな貢献であるように思います。

 このようなケアの後、患者さんの表情が穏やかになったり、呼吸が安定したり、不眠が改善したりといった現象が、アメリカでは多く報告されています。が、注目されるのは、一緒に音楽の提供を受けた家族・親族と患者さんとの関係の変化です。長い間行き来のなかった親子が、このケアの後、お互いに許しを請いながら手を握り合ったり、意識のない患者に対して家族が感謝の念を持ったり、さらには、安らかな看取りの時をすごしたことによって、残された家族が、死に対する認識を新たにしたなどの報告がCORPの実践から為されています。これらの報告は、人生の最後の時季を豊かにすごすことはどういうことなのかをリアルに教えてくれていると思います。日本でのホスピス・緩和ケア、さらには、これからますます充実を期待されている、在宅でのターミナルケアにおいても、CORPのような理念を持った取り組みが、少しずつ実践されていくといいですね。

(2006年11月号掲載)

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